営業をやり始めたきっかけ

営業企画部 東田です。

28歳、29歳の頃。
デザイナーやエンジニア、番組のプロデューサー、タレント業を兼務に兼務を重ねてたとき、働きすぎてるなーという意識もあって、肉体も悲鳴を上げていて、ちょっと引退しようと仕事を辞めて、自分自身を振り返ったときに、ガッツリ営業というのをあえて避けて通っていたなと思ったわけです。
何せ万人受けするキャラではないし、徒党を組むのも嫌って一匹狼で生きてきてましたから。
そして人付き合いというものを極端に避けて生きてもきました。
(前の会社の時代から私を知る人たちは、たぶん想像もつかないでしょう。
 なにせ交流会を主催したりと外交政策を積極的に行っていましたから)

ただ、あらゆることをできるようにする万能型というのを目的としてましたらから、残りは営業だけでした。
ですので業界なんてどこでも良かったわけです。
不動産、大手IT、開発会社、引っ越し系大手と面接を受けて、有難いことに全てからお声かけ頂いて、どこにしようかと考えてこの業界を選びました。
今となってはその選択は私にとって正解だったわけなのですけれども、今みたいな論理で判断していたわけではないので、半分以上勘みたいなもんでした。
インフラや自社内エンジニアとしては動いていたものの、この業界の営業のイロハもわからず、「すかさずできるようになるんじゃね?」と大言壮語を吐いて、そりゃ大変な思いもしてきました。
いろんな意味で特殊な会社にいましたから、普通起こらなくても良いトラブルも経験してきました。
そのため、あらゆるトラブルに対して全く動揺を示さないのは、そこでの経験が生きているわけですね。

さて、なぜ自分にとって正解だったのか、というのは立ち位置によってはこの業界は一生戦い続けられる業界だとわかったからです。
戦前よりもっと昔、江戸よりも前。
人は農耕を中心としていた時代がありました。
ただ文明の発展して、そこまで人の力を使わずとも、人が生活できるレベルの食物の供給はできるよねって時代が来ました。
そこで人は、「自分は宿をやろう」「自分は衣服を作ろう」「自分は茶器を作ろう」と、様々な職を作り出し、そこに人が流れていきました。
ITっていうものは、いろんな業種で動く人の力を使わずに回していけるツールなわけですから、他業界はより人を使わなくなります。
ただそれをなす手段とツールはITですから、ITにおいて人が必要ないよねっていう時代はまだまだ先なのです。
(いずれは来ますけどね、そんな時代が)

ただし、今の日本で問題なのが、日本が資源があんまりないってことです。
韓国と同様ですね。
ですから、ある業界でロボットが仕事をするので、人が必要なくなりましたとなったときに、新たな仕事を生み出すのが難しいということです。
恐らく世界で戦える産業っていうのはただひとつ存在すると思っていて、きっと間違いではないだろうと思っているのですけれども、私がそこに手を出すかは未定。

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