無敵の人


営業企画部 東田です。

巷で「無敵の人」の事件がクローズアップされて注目されてます。
無敵の人とは、2ch創設者のひろゆき氏が自身のブログで書かれた言葉でした。

逮捕されると、職を失ったり、社会的信用が下がったりします。
元々、無職で社会的信用が皆無の人にとっては逮捕というのは、なんのリスクにもならないのですね。

花輪和一さんの刑務所の中とか読んじゃったりすると、「刑務所もそんなに悪いとこじゃないのかもねー」とか思っちゃったりもするかもしれません。(中略)

でも、現在はインターネットを使った犯行予告をすることで、警察官を特定の場所に動員したり、飛行機を遅らせたり、警備員を走らせたりするぐらいの発言力が手に入ってしまっているわけです。
彼らは、それなりの社会的影響力を行使できる状態にあるのですね。
でも、欲望のままに野蛮な行動をする彼らを制限する手段を社会は持っていなかったりするわけです。

ちなみに個人的に、こういう人を「無敵の人」と呼んでいたりします。

参照:ひろゆきの公式ブログ

私も無敵の人に近かった

若い子供の時分は一族の恥と言われるくらいのダメ人間でした。
親戚一同は一流の方々。
ドロップアウトした私は、妬み嫉みの塊。
やらない理由をつけるのはお手の物。
成功者を嫌い、同じような境遇の人たちと傷を舐めあう。
あの時の私には失う物がありませんでしたが、犯罪行為に向かうことはありませんでした。

そもそも変わり者

16・7歳くらいの頃だったか。
私はオカルト的なホラー作品として全くみてませんが、「リング」「らせん」「ループ」「バースデイ」
このリングシリーズの小説を読み、衝撃が走りました。
まず、デカルト的な思考で言うところの「我思う故に我有り」は真理ではないな、と。
瀬名秀明先生の「八月の博物館」(だったと記憶している)も、私の中ではリングシリーズと同じ世界観と見ていますが、そちらも読んでさらに熟考に拍車がかかりました。
この次元(三次元)の存在は、二次元の存在をいつでも容易に創造ができて、創造物の物語を作ることができて、生かすことも殺すこともできる。
つまり、上位次元の存在は下位次元の存在を作り、その生殺与奪、その過程を一手に担っているのだ、と考えたのです。
だから、考えている私が存在することが真理である可能性を否定できるわけです。
そうして余計に無敵な人に近づいたわけです。
そして、ニーチェ、サルトルの哲学書に出会うことで、更に加速していきます。

どこから変わったか

親との関係も最悪でした。
どこから変化が出てきたのかと考えたら、仕事をしている中で「プロ」として自覚・自立し始めた時でした。
ちょろっとその変化が出始めた途端に、積み上げた「無敵の人格」は砂上の楼閣のように一気に崩れ去っていました。
他者から認められるというのはとても大事なことでした。
今はもう両親との関係は良好ですし、世界一の家族とも思ってます。

今も無敵の残像がある

今は子供の頃の面影など微塵もありません。
妬み嫉みなぞ微塵もありません。
ただ、よそ様にどう思われようと、正しいと思ったことはやらないよりやる。
皆失敗しているやり方を、これしかないんだと思い込んで無駄にお金を支出している会社が多いこの業界。
皆と同じことやっても失敗するんだから、別のことやればいいじゃないって思って動いてます。
同じ失敗でも、データが取れるので新たなことやればいいと思ってしまいます。
なにせ、失敗して自分の立場がなくなっても気にもしないし、たとえ職を失ったとしても、これまで税金をしっかり払ってますから、生活保護を受ける権利がありますからね。
セーフティネットはあるので、特に恐れるものなどないのです。
これがその残像です。
ただ、失敗するわけにはいかないのは、社員の未来を担っているという責任感です。

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