本見てるだけではダメ

取締役の東田です。

パソコン操作しよう

プログラミングとかを勉強するのに、本を紹介してほしいというのを良く言われます。
本だけ見て勉強するのは全くオススメはしてません。
パソコンに向かって打つというのを重要視しています。
ホントに勉強してたはずなのに、実際コーディングするときになると、どう活用したらいいかわからないとかってよくあるわけですよ。
中学校からずっと英語を勉強してるはずなのに、喋れもしない書くことすらできないのは、そういうことなんですよね。
(今は小学生からやってるんでしたっけ?)
手っ取り早く、ちょこっと打ち込んだら反映されるって意味では、HTML5やCSS3なんかを、このタグをこう使ってみたらどうなるんだろうとか、実際に打って保存して開いて見て確認してって繰り返していくと、自ずと身になってます。
JavaScriptやPHPやRubyやPythonなんかは、同じ枠組のスクリプト言語って呼ばれている類ですんで、そこらへんも打って試してをやってみちゃいかがだろうか、と。

私のプログラミングの出会いは、小学校3,4年生くらい。
MSXのBASICを子供ながらにMSXマガジンを買って、そこに書いてある通りのコードをそのままMSXでコーディングしてゲームを作ったり、慣れたらそのままじゃなくて、値や何やらを変えたりして改造したりしていました。
ネットなんてない時代ですからね。
でも、そんな時代の小学生でもできちゃうんで、今の時代なら何とでもなるっしょっていう。

誰でもできる時代

批判は受けるんですけど、プログラミングって脳の機能的な障害がない限りにおいて、もはや誰でもできると公言しています。
それこそ、上記のような昔は、絵にかいたようなオタクがやることでしたが、義務教育化もされますから、’日本人はプログラミングができる人種‘っていう統一性が図られるわけで。
要は’算数ができます。1600年に何があったか言えます。日本語の読み書きができます。と同列でプログラミングができます、が当たり前‘になるってことですね。
これはでも人それぞれで、義務教育的勉強をやらずさぼってたらできないって話で、これは社会でも通ずることで、学ぼうとしない限りは何にも習得することは適わないだけって話。

気付けば四十路。でも失われぬ探求心

先月、晴れて初老の仲間入りを果たし、いつ加齢臭をまき散らすのか、そのタイムリミットが気になるお年頃なわけです。
でも、ESP社内でまだなお一番学びに時間使っているんじゃないかと思いますよ。
私の場合、’この曜日の何時から何時までの2時間しか勉強しない‘というような設定をしています。
2時間しかできないので、学ぶことが限られてくるわけですが、そうなると綿密に’この日はこれを学ぼう、次の日はこれだ‘と計画を立てて実行するようになります。
時間は有限であるし、取り返しのつかない大切なものであるという自覚を促す一種の暗示チックなやり方ですね。
でもこれが私にとっては絶大な効力を発揮させています。

習慣化。これに尽きます。
確か20歳か21歳くらいのときに、’高校もほとんど行ってなくて、勉学から逃げてたから、ちょっと大学受験して乗り越えてみようか‘と、大学受験を目指したことがあります。
高校殆ど行ってなかったもんで、選択教科とか知らなかったので、’全教科‘勉強してました。
その結果、365日欠かさず毎日14時間勉強というスケジュールを組み立てて、計画通りさぼらず実行していました。
追々、選択教科なんてものがあるんや、と気づくわけですが。
結果的に因数分解すらわからなかったオバカさんが、早稲田やら受けたところは合格するということができました。
(でも最終学歴は高卒なのは、文系大学で学ぶことは自分で学べるんで、1年に何十万とコストを払って行く必要性を感じず、行かなかったんす。。)
最初はそこそこ大変でしたが、習慣化すればそれが日常になるので、’当たり前‘になります。
それをいかに継続するか、でしょうね。
私の場合は、勉学という部分の脳のホワイトボードが真っ白だったので、学べば学ぶほど頭がよくなるのが実感できて楽しんでいたっていうのもでかいと思いますが。

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